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モンキーパンチの自宅はどこで名前の由来は?ルパンの昔を実は知らない

TOYODA
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日本の偉人が旅立ちました

「ルパン三世」の生みの親で、漫画家でデジタルクリエイターのモンキー・パンチさんがお亡くなりになったニュースが飛び込みました。

日本人なら誰もが一度は目にしたことがある、ルパン三世。

日本の漫画界だけでなく、大きな衝撃が走ったことは容易に想像がつきます。

今回は、知られざるモンキー・パンチさんの素性に迫りたいと思います。

モンキー・パンチ氏のご自宅はどこで本名はなに?そしてこの世に残した名作の数々を見てみましょう。

モンキー・パンチさんが死去

モンキー・パンチさんは1937年5月26日生まれの81歳でした。

2019年の4月11日、肺炎のため永眠。

代表作品には『ルパン三世』・『一宿一飯』などがあり、ルパン三世を日本で知らない方はいないでしょう。

モンキー・パンチさんは北海道の漁師の元に生まれ、当時知り合いの医者のレントゲン撮影の手伝いなどをしていました。

高校を卒業後は東海大学専門学校に進むも中退し、漫画家のアルバイトを始めました。

憧れの人物は「手塚治虫」

手塚治虫の名言には

医者は生活の安定を約束していた。

しかし、僕は画が描きたかったのだ。

- 手塚治虫 -

というものがありますが、モンキー・パンチさんはのちに大学を修士過程まで取得している頭脳の持ち主です。(東京工科大学大学院)

手塚治虫は医師免許を持ちながら医者にはならず漫画を生涯描き続けました。

きっとモンキー・パンチさんも同じ道を歩いたんでしょう。

※大学院卒業エピソードが凄すぎ。後述します。

モンキー・パンチさんの自宅はどこで本名は?

「モンキー・パンチ」

ルパンが人気を博してからというものモンキー・パンチという名前も広く浸透し、この名前を聞いてもなんの違和感もありません。

でもよく考えたらモンキー・パンチっておもしろい名前ですよね。

本名は「加藤 一彦(かとう かずひこ)」さんといいます。

モンキー・パンチという名前は漫画家になってすぐにきまったわけではなく、

モンキー・パンチが過去に名乗ったペンネーム

  1. ムタ永二
  2. マニア・ぐるうぷ
  3. 摩周仙二
  4. 霧多永二
  5. 加東一彦
  6. かとう・一彦

モンキー・パンチになる前にはこんなに多くのペンネームを使っていたことがわかっています。マニア・ぐるうぷ、というメンバーを名乗って漫画を複数書くも、それも全部モンキー・パンチ先生が書いていたんです。

モンキー・パンチの名前の由来

結局当時の双葉社の漫画編集長が「モンキー・パンチ」に改名しろ!と勝手に決めたのだとか。

名前の由来は改名した年にヒットしたご存知ルパン三世の西欧風な作風に合わせて「どこの国の作者が書いているかわからないように」というもの。

爆発的なヒットのおかげで、気に入らなかったペンネームを戻すに戻せずモンキー・パンチに落ち着いたんですね。

1966年といえば、モンキー・パンチがすでに29歳。

今となっては巨匠であり、唯一無二の存在ではありますが、長い下積み時代があってルパン三世が生まれたことがわかります。

モンキー・パンチは生涯の終わりを千葉県で過ごしました。

千葉県の佐倉市にご自宅があり、佐倉市の親善大使も努めていたんですね。

その記念にこんなものも誕生しました。

実は知らない昔のルパン

1967年に双葉社から『WEEKLY漫画アクション』で連載が開始した当時のルパン。

いまからもう52年も前のことです。

当時の画像を見ても今のルパンとはかけ離れていて同じルパンには見えません。

とくにしたの画像の中央のルパンと五右衛門は違う作品の登場人物のようですね。

 

昔のルパン引用元:http://opinioline.com/lupin-the-3rd-5238

当時のルパンは私達がよく知るルパン三世ではなく、ハードボイルドで性的な描写も多い作品でギャグ要素はほぼナシ。

「ふ~じこちゃ~ん」というひょうきんなルパンではなかったんですよ。

私達がしらないルパンの姿 ロン毛

ルパンといえば猿のような輪郭に髪型もショートスタイルでもみあげが長いのが特徴ですよね。

でも実は昔のルパンは「ロン毛」だったって知っていましたか?

引用元:https://yaplog.jp/

初期の設定のルパンでは長髪のルパン三世ということで、ご覧のようにロン毛だったんですね。

ではなぜ長髪が短髪のルパンになったのでしょうか?あるテレビの取材で明らかになりました。

モンキー・パンチさんが語ったのは、

「漫画の締切を忘れていて、髪を書く時間もない。髪を書いていると間に合わなくなっちゃうから途中まで書いていた髪を修正液で消して短髪にしちゃった」というもの。

名作を生み出す人の才能はただ凄い、と感じますが実はひとつひとつの積み重ねで今が有るだけなんですよね。

作品は知っているがその過程や歴史は知らないものだなと思いました。

モンキー・パンチに学ぶ

モンキー・パンチが憧れた手塚治虫も同じですが、モンキー・パンチは生涯好きな漫画に捧げました。

人生を終える最後の肩書も、漫画家です。

驚きの学歴というのが、東京工学院大学の修士課程を取得している頭脳だけではなく、なんとその年齢が「66歳です。

ルパン三世を世に出して、漫画家として成功を収めても尚、

「きちんとした勉強をしないと、このままでは先に進めない」と66歳にして大学院に入学し卒業をしているのです。

20代、30代でもすでに会社員として仕事に慣れ、何かにチャレンジすることを忘れているのはあなたではありませんか?

もちろん筆者もモンキー・パンチさんのこのエピソードを知って、人生において30代がいかに若く、未熟かを思い知らされた気がします。

まとめ

今回はルパン三世でお馴染みのモンキー・パンチさんの訃報を知り、ルパンの歴史とモンキー・パンチの生き方から学びました。

  1. モンキー・パンチ、81歳で死去
  2. モンキー・パンチは北海道出身で自宅は千葉県佐倉市
  3. 佐倉市の親善大使でルパン三世のご当地ナンバープレートもある
  4. モンキー・パンチの本名は加藤一彦
  5. モンキー・パンチの由来は西欧風な作品作者の国籍を隠すため
  6. モンキー・パンチは66歳で東京工学院大学大学院へ入学・卒業している
  7. モンキー・パンチは生涯勉強家だった